2005年06月13日

むしろ、中学時代が気になる

爆発事件の生徒、中学時代は会話も

 山口県光市の県立光高(弘中幸雄校長)で起きた3年男子生徒(18)による爆発物投げ込み事件で、無口で級友とほとんど会話がなかった生徒が中学時代は部活動にも所属し、友人と遊んだり、笑顔で会話したりしていたことが、同級生らの話で13日分かった。


 この記事、一体何なの? 書いた記者の頭の中を疑いたくなるね、本当。
 級友とほとんど会話が無かった事件の犯人の少年が、部活に所属して、友人と遊んだり会話をしたりしていた…それが一体どうした?
 まず最初に言えることは、中学、高校と生徒も教師も環境も全く変わるわけだから、人間関係が変わらないほうがおかしい、ってこと。まぁ、小学校から中学校だと、地域で割り当てられているだけ、ってことも多いから人間関係がそんなに変化しないことも多いだろうけど、受験だとかが間に入る中学から高校に関しては、人間関係が大きく変化するのは当然なんですよね。それを前提としましょう。
 続いて「部活動にも所属し」って部分。これはさ…「部活動に所属しない自由」があった学校かどうかがまず大きな問題ですよね。正直なところ、山口県光市っていう地名はまったくと言って良いほどイメージが沸かないんだけれども、平成12年のデータによれば人口が約5万5千人。近年は、人口が減少傾向にあった、ということを考えると、私の実家の街をもう少し大規模にしたくらいかな、という印象なんですよね。まぁ、そんな街であっても地域差もあるだろうから、一概には言えないだろうけど、そのくらいの場所の中学校なんかだと、お題目として「部活動所属は強制しない」と言っていても、実質的には「強制入部システム」が出来上がっている場所って多いんですよね。「運動は得意ではなかったが、仲の良い部員がいて最後まで続けた」とあるわけですが、私も柔道部員でしたよ。運動は台の苦手だし、仲の良い部員もいた。でも、そんなことが「部活を続けた理由」じゃないもん。単に「やめさせてもらえない」から、仕方なく続けただけだもん。「仲の良い友達がいたから」「部活を続けた」んじゃなくて、「強制入部でやりたくないから」せめて「仲の良い友達がいた」部活に入った可能性だって十分に考えられると思うんですけどね。
 「友人と遊んだり、笑顔で会話したりしていたことが、同級生らの話で13日分かった。」とのことだけれども、言いかえればそれすらなかったと言うのは、相当に追い詰められていた、ってことじゃないんですか? 仮にいじめにあっていたとしても、友達の1人や2人いるだろうし、笑顔やら何やらを見せることだってあるに決まっている。そんなことを強調されてもねぇ…。
 そして、記事の後半、中学時代の同級生がいかにも友人であるかのように書かれているんだけれども、これも私は違和感を持ちました。っていうのは、高校に入って、新しい環境に馴染めなかった場合、違うクラスといえども中学の時の知り合いがいたのなら、その知り合いと多少なりともコミュニケーションを取ると思うんですよね。もちろん、その知り合いを介して新たな友人ができる、なんてこともあるでしょう。ところが、この記事を見ると、1年間、殆ど音信不通の状態という感じに見える。ということは、何が言えるかと言うと、この同級生とはそんなに親しくなかった、場合によっては、(犯人が)嫌っていた可能性さえあると思うんですよね。話しかければ返したのも、嫌々ながら…という可能性も考えられます。

 この記事の論調では、中学時代は普通の少年だったのが、高校に入って一変した、といいたげです。でも、私の感覚とすれば、高校でも何らかの問題はあったんでしょうが、少なくとも中学時代に下地はできあがっていたのではなかろうか、と思えてならないのですが。
posted by まえとも at 15:49| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。