2005年05月30日

自殺を止めた…とは言うけれど

職質の車、集団自殺直前だった…未然に阻止

 29日午前2時ごろ、秋田県大館市白沢の国道で、パトロール中の大館署員が、不審な乗用車を発見、職務質問したところ、運転していた宮城県石巻市のアルバイト店員の男(24)が、同乗していた北海道室蘭市の高校1年の女子生徒(15)と、練炭を使い自殺するため長野県に向かう途中と判明。


 とりあえず「死ななくて良かったなぁ」という想いがある一方で、本当にこれで良かったのかな? という疑問を抱かざるを得ないんですよね。
 ま、「命は大事に」ってのは間違い無いことなのですが、これで「逮捕してしまった」ということは、逮捕された男性の側は「前科者」という形になってしまったわけで、今後、更なる困難が待っているのは間違い無い。一方の、女子生徒の方もとりあえず、この記事が書かれた段階ではこう言っているものの、実際に帰ってくれば周りの人間の偏見とかそういうものにもさらされるはずなんですよね。そうすると、更に追い詰められてしまうのは間違い無いところ。「命が助かって良かったね」というのは簡単ですけど、果たして本当にそれで良いのかどうか…。
 なら「そんなことするな」っていうのは簡単ですけど、少なくとも自殺しようとする段階では周りは一切見せない状況に追い込まれているはずなんですよね。まず「命を助ける」ということは大事だとしても、それで終ってしまったのでは、結局、問題を先延ばしにしてしまっているだけなのではなかろうか? と思えてならないのですが…。
posted by まえとも at 08:07| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月27日

ことわざテスト

殆ど、ネタ切れを誤魔化すためのネタ。

ことわざテスト(日本語編)

 私の得点、86,7点(かなりよくご存じです。)

 よしよし(^^)

ことわざテスト(英語編)

 私の得点 66,7点(まあ、普通です)

 …殆ど当てずっぽだったのは秘密。


やっぱり、英語は不得手だなぁ…。大学受験の英語、ひたすら英単語勉強でやっただけのことはある(苦笑)




posted by まえとも at 23:06| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

交番のあり方、について

5分の1は「空き交番」 警察庁、統廃合や増員で

 警察官の不在が常態化している「空き交番」は、4月現在で全体の18・9%の1222カ所に上ることが26日、警察庁のまとめで分かった。昨年同期比で703カ所減少しており、同庁は2007年春までに空き交番「ゼロ」を目指すという。
 警察庁は昨年7月、統廃合で交番の数を減らし、勤務員を増員するなどして、3年後に空き交番を解消する計画を公表。昨年同期比で交番は54カ所減少し6455カ所、勤務員は約1500人増えて約4万6900人となった。
 交番勤務員は常時2人以上が3交代(警視庁は4交代)で勤務するのが原則。5人以下(警視庁は7人以下)だと空き交番になる可能性が高く、地域によっては警察OBが中心となった交番相談員を配置し、補完している例もある。


 お巡りさんに伝えることがあって、交番まで行ったら、お巡りさんがいなかった。これは確かに困ります。なので、常に交番に誰かがいるようにしよう、という考え方については賛成です。しかし…。

 この記事を読む限り、警察庁が「空き交番0」にするために行っている施策は2つです。1つは、警察官を増員すること。これは簡単な話で、交番勤務の警察官を増やせば、それだけ空いている時間が短くなるのは当然のことですから。ま、立場とかにもよるでしょうけど、このこと自体はそれほど問題はないと思います。
 で、問題なのはもう1つの施策である、交番の数そのものを減らす、という事。単純計算で、これまで3つあった交番を2つにすれば、警察官の数はそのままで1つの交番に勤務する人を1,5倍に増やせます。確かに、これも「空き交番」はなくせるでしょう。

 けど、交番の数そのものを減らすというのは、デメリットも多くなかろうか? と思えてならないんですよね。
 まず、交番の数が減れば、1つの交番で担当する地域が広がるってことですよね? パトロールであるとかの範囲が広がってしまうわけですから、果たして木目細かい巡回ができるかどうか…。
 さらに、我々、一般人の側から考えれば、数が減るということは、それだけ交番が遠くなる、ということ。今だと、不在でも、交番から警察署などへ通報するシステムが設置されているわけで、「空き交番」であってもそれなりの意味はあるわけですけが、交番そのものがなくなったら、そういうものも消えてしまうわけですよね。果たしてそれで良いのかどうか…。

 理想としては、今のままの数を維持して(場合によってはもっと多くの場所に交番を設置して)、そこに24時間、警察官が駐在している状態を作ることでしょう。しかし、それは現状では不可能な状況にあるわけです。その際、「24時間、常に警察官がいるけれども、数が少なくて遠くにある交番」のが良いのか、それとも「不在の場合もあるけど、身近な場所にたくさん交番がある」状態が良いのかを考えることも必要なのではないかと思いますが。




posted by まえとも at 12:03| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

有害性の基準は何?

残虐ゲームソフト、神奈川県が全国初の販売規制へ

 残虐な殺害シーンなどを含むゲームソフトの販売規制のため、神奈川県は、特に残虐性や暴力性の高いソフトを県青少年保護育成条例に基づき、有害図書類に指定する方針を明らかにした。
 30日の県児童福祉審議会に諮問する。指定されれば、6月にも県内での18歳未満への販売禁止と、店頭での一般ソフトとの区分陳列が義務づけられ、悪質な違反者には30万円以下の罰金が科せられる。同県によると、条例で残虐ゲームソフトを有害図書類として規制するのは全国で初めてという。


 この問題に関しては、以前、松沢知事が会見で言った際にも意見を書いたのですが、本気でやろうとしているみたいですね。ちなみに、この会見であるとかがいかに杜撰かは、神奈川県に質問をした方のやりとりの記事を参照されると良いかと思います。

 さて、この記事を見て私はふと思いました。「有害」か否かはどうやって判断するのだろう、と。
 とりあえず、「有害」なものが含まれている、ということ前提にします。次に、「有害」性の判断の方法もあるものと仮定します。本当は、その2つの部分からして疑問を呈することができるわけですが、そこまで話を広げたくないですから(笑)

 まず、そうなると最初に考えるべきことは、「ゲームによる悪影響はどのようなものか」という部分でしょう。松沢知事の会見内容などからして、これは「ゲームをやることによって、暴力性が高まる」とか、そのような類の話と考えられます。となると、これは心理学、メディア論などの分野と言えるでしょうね。
 さて、それでは、審議をする神奈川県児童福祉審議会の委員のプロフィールを見てみましょう。大学教授などの研究者も多く含まれていますが、「児童福祉審議会」というだけあって、殆どが「児童福祉論」などの専門家であり、メディア論であるとか、心理学の専門家はおりません。まぁ、高野陽氏は、精神医学などに関して専門知識がありそうですが…(どうも調べてみると、栄養学などの方に傾いているきらいもありますけどね)。
 そうすると、彼らはどうやってそれを「有害」かどうかを判断するのでしょうか? 言っちゃ悪いですけど、素人だらけですよ、このメンバー。まして、本来、このようなことに関しては、専門家でも議論が別れている状況。そんなときに素人が出てきて、何をするんでしょうか? 私には理解しかねますが。
 「審査は同審議会社会環境部会の委員9人が、実際にゲームのプレー画面を見て行うが、「有害」と指定するかどうかは各委員の判断に委ねられる」。先ほどは、「有害」の判断方法がある、という前提を作りましたけれども、実際にはそれすらない状況なわけですから、この1文が意味することはこうなります。「委員個人の主観で有害かどうかを決めます」。果たして、これに何の意味があるのか。明確な基準も無く、「私がまずいと思ったから有害図書」とすることに、極めて違和感を感じるとともに、危険性を感じざるを得ません。

 なお、性犯罪を犯した少年の多くが「AVを見て、自分も同じ事をしたくなった」と回答していることについて、斎藤環氏は『「負けた教」の信者たち』の中で、以下のような見解を示しています。
 裁判官や条例改正論者が提唱する「有害なわいせつ性」なる社会通念が、青少年の犯罪者に、格好の「いいわけ」を提供しているのではないか。

 「ゲームを見て云々」といった事を言う犯罪者達についても、私は同じ事が言えるのではないかと思うのですが。




posted by まえとも at 04:26| クアラルンプール ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月25日

「新聞離れ」に関する雑感

「新聞離れ」に歯止めを 札幌で全国フォーラム

 全国約70の新聞社の幹部や販売担当者計約1150人が新聞販売の課題と将来を話し合う「第7回全国新聞販売フォーラム」(北海道新聞社、道新会連合会主催)が24日、札幌市のホテルで開かれた。
 フォーラムは1993年から各地で隔年で開催。冒頭のあいさつで北海道新聞社の菊池育夫社長は「新聞が直面する『活字離れ』とは、実は『新聞離れ』ではないか。問題は中身とサービスだ」と述べ、紙面やサービスの充実を訴えた。
 分科会では経営戦略などについて討議、「他社と顧客を取り合うより、購読しない層の増加に歯止めをかけるべきだ」などの意見が出された。
 東北大の川島隆太教授(脳科学)は「朝刊10分の音読で脳力が育つ」と題した講演で、新聞の音読で認知症(痴呆症)の99歳の女性の脳の働きが回復した例を紹介した。


それほど長い記事ではないので、全文引用。なんか…この記事見て、文章短いけど、ツッコミどころだらけだなぁ…と感じてしまった私です。

 まず「新聞が直面する『活字離れ』とは、実は『新聞離れ』ではないか」という部分に関しては私もそう思います。でも、「問題は中身とサービスだ」というのは何でしょうね? 紙面とサービスは別物ということのようです。しかし、これは凄く不思議な話ですよね。だって、本来、中身を見るべき新聞で「紙面」以外のサービスって何があるんでしょうか? これって結局、「紙面の充実と、拡材をたくさんつけて勧誘しろ」ってことといえるんでしょうね。
 「他社と顧客を取り合うより、購読しない層の増加に歯止めをかけるべきだ」。余計なお世話です。と言うかね…新聞社の立場としてみれば、そうしないと不味いんでしょうけど、そんなものは客にとってはどうでも良い話であって、「新聞を購読しない=どうしようもない」みたいな意見の押し付けはいかがなものかと思うんですよ。
 「川島隆太教授(脳科学)は「朝刊10分の音読で脳力が育つ」と題した講演」に至ってはもう失笑するしかないですね。まず、それが「新聞」である必要ないじゃないですか。「文章を音読すると脳が活性化する」っていうのであれば、別に本でも良いし、BLOGだって構わないはずですよね。まして、「99歳の女性の脳が〜」なんて例、確かにあったのかも知れないですけど、そんな特異な例を出されてもそれでどうしろっていうんでしょう? ついでに言うと、私は川島隆太氏の最近の活動に関して、実はあまり良い印象を持っていないんですよね。「ゲーム脳」というトンデモ理論を唱えている森昭雄を批判している人物ではありますけど、結局、川島氏も「脳の老化」だの何だの危機を煽って商売しているだけ、としか思えないものですから…。対立はしていても、同じようなことしているようなぁ…という感じがしてならないんです。

 以上、私の雑感でした。




posted by まえとも at 12:07| クアラルンプール ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

「保護」という名の「破壊」

魚類学会が「放流ガイドライン」 日本初、科学的指針

 日本魚類学会は、生物多様性の保全をめざした希少魚類の「放流ガイドライン」をまとめた。放流の是非、場所や個体の選び方、放流後のモニタリング調査、密漁防止などを規定している。絶滅した動植物の再導入については国際自然保護連合(IUCN)のガイドラインがあるが、日本では初の科学的指針だ。


 この記事で日本魚類学会が主張していることは素直に納得。考えてみれば、至極当たり前のことだよなぁ…という感じですね。むしろ、これまで、このようなものが無かったことの方がおかしいくらいなわけですし。
 私も、小学校の頃、学校だか市だかのイベントで近所の川に稚魚を放流したことがあります。なぜか鮭の稚魚を。千葉県の最南端という地理で鮭なんて見たことも無いのに、なんでこんな魚を? と疑問に思ったものでした。
 ま、その当時はそれだけの感想だったわけですけど、今考えてみれば思いっきり生態系を破壊している可能性があるわけですよね。だって、その地域にいない魚を放流しているわけですもん。ブラックバスとかと違って、鮭が他の魚を食べることはないでしょうけど、単に魚の数が増えるだけでも、消費されるエサの量とかが増えるわけですから絶対に影響はでるはずですもんね。そう考えると、「保護」と銘打った「環境破壊」を行っていたのでは? と思えてなりません。
 日本各地でそういう「放流活動」ってのは行われているわけですから、それによって「破壊」された自然って言うのも大量にあるんじゃないかな? という風に思えてなりません。

 で、まぁ、そういう活動って別に魚に限ったことじゃないんですよね。例えば、同じように各地で「植樹」って奴もいっぱい行われているわけですが、こちらにはガイドラインってあるんでしょうかね? もしも無いのであれば、こちらも早急にガイドライン作りをすべきではないでしょうか?




posted by まえとも at 05:37| クアラルンプール ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月20日

危機感を補強材料にするな

性犯罪対策 まだまだ法定刑が甘すぎる

 東京で少女を3カ月間も監禁した無職の男が逮捕され、大阪では女子高生を22日間監禁した露天商手伝いの男が捕まった。一方、子供が被害に遭った性被害事件が昨年は2600件を数え、10年前の1・7倍に増加したことも毎日新聞の調査で分かった。監禁、暴行や誘拐など増加する性犯罪を防ぐため、有効な施策を早急に講じる必要がある。


 まず、最初に断っておきたいのですが、この社説に書かれている「性犯罪の法定刑が軽過ぎるのではないだろうか?」と趣旨そのものに反対するつもりはありません。強姦であるとかいった犯罪に対する刑罰が軽過ぎないか? ということは以前から思っていましたし。
 ただし、この文章の書き方そのものが気に食わない(笑)

 この社説の何が気に入らないかというと、曖昧な表現で危機感を煽ることによって、自らの文章に説得力を持たせようとしている点。ハッキリ言って、この文章に、具体的な数字であるとかは、殆ど載っていませんからね。
 唯一、具体的な数値として出ているのが、最初に引用した「子供が被害にあった性犯罪が10年前の1,7倍」というもの。しかし、実は、この社説の中で自らそれを否定してしまっているんですよね。「年約2500件という強姦の認知件数が、氷山の一角でしかないことも言うまでもない。」と後半部分であるわけですが、全くその通りで「性犯罪は実際の件数と認知件数に大きな差がある」といえます。そして、「認知件数の増減は社会状況などによって異なるため、認知件数が増えたからと言って全体の件数が増えたとは言えない」とも言えます。この事は、先日も書きました。
 ということで、まず、冒頭部分にあった数少ない具体的な数字を消してみました。

 すると、あとは具体性に欠ける事柄で文章の補強をしていることがわかります。
 「性犯罪は再犯性が高いとされ」とありますが、これは「性犯罪だけが飛びぬけて再犯率が高いわけではない」という議論もたくさん見られます。具体的な数字が無いので、私には判断つきかねますが。
 「都市化で地域社会の“防犯力”が低下していることも勘案されねばならない。」という部分に関しては、ただの偏見としか思えませんね。よく、人々の結びつきが弱くなったことで犯罪が増えた、と言われますが私はそうは思っていません。人々の結びつきというのは、良い方向で働けば防犯などにも役立つのでしょうが、悪い方向に進めば内部での犯罪を助長することも考えられるはずです。よく、企業ぐるみの犯罪などが出てくると、「閉鎖された集団の中で、犯罪が日常行為として行われていた」などという言葉を目にします。企業がそうであるならば、地域というものも結びつきが強くなり閉鎖空間となった場合、同じ事が起こり得るのは至極当然の事ではないでしょうか? 逆に、結びつきが弱いからこそ、遠慮無く内部告発、警察への通報などが行われる、という考え方もできます。

 最初にも書いたように、「性犯罪に関する法定刑が軽過ぎるのでは?」「被害者の保護・ケアを重視し、被害届を出しやすくすることが必要」などと言った事に対しては私自身も賛成です。ただし、それを訴えるために、客観性に欠け、危機感を煽るだけの語句を並べ立てることに対しては反対したいところです。

 以上、全く客観的材料を用いらずに行った批判でした(ぉぃ)




posted by まえとも at 15:59| クアラルンプール ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月19日

「徒歩パトロール」は何のため?

太り気味警官は徒歩パトロール隊に 群馬・松井田署

 群馬県警松井田署は今月、本署勤務の19人を太り気味のB(ビッグ)班とS(スマート)班に分け、主にB班を徒歩パトロールに充てる取り組みを始めた。


 えっと…この記事を見て、最初に私が思ったことを率直に書きたいと思います。「ダイエットなら他でやれ!!」
 いや…これを見ていて思うんですよね。「徒歩パトロール」っていうのは、一体、何の為に行うものなんだ? と。本来、警察官によるパトロールっていうのは、色々なところを回って犯罪が行われないように抑止を働かせるとか、街にいる不振人物を取り締まるための行為ですよね。別に、警察官のダイエットの為にする行動じゃないですよね。そこにまず、疑問を覚えるわけです。
 そして、もう1つ。その「不審者の取り締まり」ということに関してなのですが、この行為をする上で支障を来さないか? とも思えるんです。
 さて、ここで質問。普通の体型の人と肥満気味の人、どちらが走るのが早いでしょうか? どちらが体力があるでしょうか? ま、個人差の占める部分が多いかとは思いますが、普通の体型の人の方が上、という傾向が出ると思います。そうすると、肥満気味の人を集中的に導入するとなると、そのような不審者を取り逃す可能性が高くなるのではなかろうかと思えてならないわけです。足の早い警察官と、遅い警察官だったら、後者の方が失敗する率が高いのは当然でしょ?

 勿論、これを行うことによって、警察官全体の体力を向上させる効果があるのかも知れません。でも、それはそれで、他の方法もあるんじゃなかろうか、と思えてならないのですが。




posted by まえとも at 04:49| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月18日

歴史は繰り返す

見せたくない番組「ロンドンハーツ」2年連続


 同協議会(注・日本PTA全国協議会)が小中学生の保護者に「子どもに見せたくない番組」を聞いたところ、トップは2年連続でテレビ朝日系のバラエティー番組「ロンドンハーツ」となった。「内容がばかばかしい」「言葉が乱暴」などが主な理由で、「見せたくない番組がある」と答えた保護者の11.3%が挙げた。

 上位には、このほかフジテレビ系の「水10!」やテレビ朝日系の「クレヨンしんちゃん」などが並んだ。


 うん、予想通りですな(笑) まぁ、大体、こういう結果が出るであろうということは、殆どの皆さんが想像しているのではないでしょうかね。

 しかし、この理由が面白いですね。「内容がばかばかしい」って…それを言っちゃ全てがおしまいだと思うんですけど(笑) 例えば、牛乳の蓋を集める、とか、そういうことをした経験ありません? そんなの、大人の視線で考えればばかばかしいかも知れないですけど、やっている本人にとっては凄く魅力的なものなんですよね。テレビ番組にしたってそう。親の立場から見ればばかばかしいけど、それを理由に「見ちゃいけません」っていうのは、物凄く理不尽なことでしかないんですよね。(そもそも、そんなことを言い出すと、毎回、どっかの悪代官が事件を起こして、それを主人公が叩き切る時代劇とかだって、かなりばかばかしいですよ(笑))

 もう1つ。「言葉遣いが乱暴」とか、「暴力的なシーンが心配」みたいなものですが、これに関してはどうなのかな? という感じがします。
 よく、「最近のメディアは低俗で、暴力的なものばかり流している」という意見を見聞きします。しかし、それは本当にそうなのかな? という感じがするのも事実なんですよね。
 我が家の場合、私の父親がマンガ好きでして、色々と父所有のマンガもあるのですが、その中に「手塚治虫全集」というものがあります。その名の通り、手塚治虫氏のマンガを集めたものです。と言っても、「ブラックジャック」「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」みたいなメジャーなものではなくて、もっと読みきりの短篇だとか、そういう超マイナーなものが中心になっています。
 で、これを私がふと読んだときの感想は、なんか凄い暴力的だな、というものでした。短篇なので色々とあるのですが、私が覚えているものでは、冴えない青年が赤軍派に憧れて事件を起こそうとする。ところが、その青年はマヌケなのでいつも失敗ばかりで、最後には自分の仕掛けた罠で自滅して死んでしまう…みたいなもの。これだけでも分かる通り、実にくだらない。しかも、くだらないだけではなくて、その台詞の中には、今ではすぐにどっかから抗議がくるであろう差別用語が含まれていたり、自滅して死んでしまうところなどもかなり毒々しく描かれいるんですよね。私自身は81年産まれで、丁度、ドラゴンボールとか、ああいうマンガが全盛期の中で育った人間なのですが、こういうマンガを見て、エグいなぁ…、暴力的だなぁ…と普通に思いましたもん。
 何を基準にして「暴力的か」というのは、計れないわけで、そういう意味では単に認識のギャップによる部分も大きいと思うわけです。少なくとも、差別用語的なものとかは、昔のほうがはるかに多かったことは事実なわけですし。

 戦後の「有害図書」だとかの話を鑑みれば、ずっとこういう「あれは俗悪で、有害だ」っていう運動が続いてきたわけですよね。ちょっと前は「ドリフは有害だ」とか、「コント55号はくだらない」とか、そんな感じで。今、「日本の風俗は乱れている」と浄化作戦なるものをやろうとしている石原慎太郎都知事だって、世の中に出てきた当初、彼の作品『太陽の季節』は俗悪本として、PTAとかは徹底的に批判していたわけでしょ?
 そう考えると、歴史ってのは繰り返すものなのだなぁ…と思わざるを得ません。




posted by まえとも at 02:43| クアラルンプール ☔| Comment(2) | TrackBack(3) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月17日

競馬で合コン

「合コン」「リムジン」で若者呼び戻し作戦 大井競馬場

 東京・大井競馬場が減少の一途をたどる若者ファンを呼び戻そうと、ナイター競馬を見ながらの「トゥインクル合コン」と、リムジンハイヤーでのお出迎えを始めた。11月までの企画で、応募者多数と滑り出しは上々。競馬場側は「若者が増えてくれたら来年も続けたい」と意気込む。


 私自身は、大井競馬っていうものに対して、あんまり良い印象を持っていないのですが、こういう風に色々な工夫をして、また「おしゃれな競馬場」みたいなイメージ作りをしている、というのは戦略としては面白いなぁ…と感じます。
 でも、これでふと思うんです。競馬で合コンって難しいよなぁ…と。

 私、何度か競馬関係のオフ会とかにも参加したことがあるのですが、実のところ、あんまり競馬場で、その参加者と話ができなかった、という感覚があります。というのは、案外、競馬場で競馬を楽しみながら…っていうのは忙しいからなんですよね。
 レースの間隔は30分くらいでしょうか。そうすると、その間に、競馬新聞を読んで、出走馬などを確認する。パドックなどで馬の状態を確認する。そのようなデータを元に予想をする。そして、マークシートを塗りつぶして近くの売り場まで馬券を買いに行く。そして、レーススタート!
 言葉にするとこれだけなのですが、案外、それだけをやっていても時間っていっぱいいっぱいなんですよね。それに加えて、自己紹介だのアピールだのって…難しいですよ(笑)
 もう一つは、話題の難しさ。競馬場ですから、どうしても話題は競馬の話題になりますよね。まさか、レースを無視して王様ゲームとかやっているとは思えませんし(笑) ところが、私だけかもしれませんが、いざ予想に集中しようとしたときに、他人から何だかんだ言われるのはこの上なく煩わしい(笑) 参加者の意見に「得意の競馬を女性陣にアピールできた」とありますけど、あんまりアピールし過ぎると却って嫌われないか? とか思うわけですよ。だって、自分が1番良いと思った馬をいきなり、「その馬はこういうデータがあるから絶対に来ないよ」とか即座に否定されたら嫌でしょ?(笑) 知識量とかあるのはわかるけど…。

 記事を見ていると、まだ始まったばかり。今後、これでどのくらいの効果(?)が上がったのか追跡調査をしてほしいところです。




posted by まえとも at 11:45| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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